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浄土真宗本願寺派 福岡組 情報配信所

浄土真宗本願寺派 福岡組(ふくおかそ)の情報配信所へようこそ。

2016/05/19

新mp3法話 第76集

mp3法話の第76集をお届けいたします。

MP3形式で3MB程度(3分前後)の大きさです。
タイトルをクリック下さるとダウンロードが始まります。
また、下段「PDF版ダウンロード」をクリックすると、A4版でカード風に印刷してお使いいただけるようなPDFファイルがダウンロードできます。

本記事最後、右下の「続きを読む >>」をクリックいただきますと音声と同じ法話が文字でご覧いただけます。

仏様のおはなし新シリーズ 第76集 その1 「祖母の背中」 音声版ダウンロード
第76集 その1 「祖母の背中」 PDF版ダウンロード
真福寺 速 開 一 弥
仏様のおはなし新シリーズ 第76集 その2 「親鸞聖人の絶唱」 音声版ダウンロード
第76集 その2 「親鸞聖人の絶唱」 PDF版ダウンロード
妙泉寺 木 村 眞 昭

◎広報部
仏様のおはなし新シリーズ 第76集 その1 「祖母の背中」

 先日、遠賀にある従兄弟のお寺で祖母の十七回忌のご法事が執り行われました。従兄弟には一歳半の息子がおり、会うのは初めてでしたが、元気よく迎えてくれました。お座敷に通され席に着こうとする私に、おばあちゃんの手に抱かれながら、手を前に出して「どうぞ」と席へと案内してくれます。来られるお客さん一人ひとり丁寧に席へご案内するその姿に周りから笑みがこぼれました。
 ご法事が始まるまでの間、皆と談笑していると暇そうな彼は叩きを手に持ち、何かを始めました。よく見ると、お仏壇の回りを叩きで掃除しているのです。見様見真似ではありますが丁寧に叩きでちょんちょんと埃を取っています。その姿はまさにおばあちゃんの姿そのものでした。私にとっては叔母ではありますが、いつも掃除を一生懸命にしている姿が子供の頃から見ていました。孫の彼もそんなおばあちゃんの背中を見て育ったんでしょう。
 私にとっても祖母の背中を思い出します。去年三回忌を勤めさせて頂きました祖母ですが、亡くなる前の三年間は足腰を悪くし車椅子で生活していました。それでもご法要のお聴聞を欠かしませんでした。自分では本堂まで行く事が出来ないため、車椅子を押してもらう必要があるので、手の空いた家族やご門徒さんが押していました。私が車椅子を押して本堂に行くまでの間、特に会話はありませでしたが、本堂前の階段に着くと「悪かね、ここでよか」と車椅子を止め、お聴聞していました。私が「本堂に上がらんでもよかと?」と聞くと「どこでもよかと」と答えます。そんな祖母の背中は少し寂しげではありましたが、お聴聞するその姿は今でも忘れられません。
 祖母は坊守として六十年間真福寺を守って下さいましたが、阿弥陀さまに手を合わせ、お念仏申すご生涯でありました。車椅子にすわり一心にお念仏申す祖母の背中からは、今仏法に出遇えたことに喜び、感謝して、お聴聞させて頂く姿勢を頂きました。
 私たちも、お念仏する姿を通して子や孫に真宗のみ教えを伝えていけるのではないでしょうか。

真福寺 速 開 一 弥



仏様のおはなし新シリーズ 第76集 その2 「親鸞聖人の絶唱」

 「正信念仏偈」は、親鸞聖人が開顕された浄土真宗の教えの中核と、その教えが親鸞聖人まで到り届けられた歴史を、感銘深く詠い上げられた宗教詩であります。
 私たち真宗門徒は、この「正信念仏偈」をみんなで唱えようと定めてくださった蓮如上人から五百年の間、家族そろって毎日お仏壇の前でお参りしてきました。気づいてみれば、毎日、親鸞聖人のご説法を聞いてきたのでした。
 その「正信念仏偈」の末尾は、「道俗時衆共同心(どうぞくじしゅうぐどうしん) 唯可信斯高僧説(ゆいかしんしこうそうせつ)」と結ばれます。その意味は、「道人(出家者)も俗人(在家の者)も、この時代に生きるものはその難しい課題を共同する心で、ただこの高僧方の説かれる教えを信じ受け止めなさいよ。」です。
 人間は誰しも、生まれ出た時代の課題や苦悩を背負っています。人間である以上、いつの時代であってもその時代の課題と苦悩から離れて生きることはできません。ただ、その時代の課題と苦悩を感じ取り、自分で担うことができるかできないかで、生き方が変わってしまうのです。
 親鸞聖人は、末法濁世という人間が人間であることを見失ってしまう時代にあって、なお人間に生まれてきたことの意味を問い、人間に生まれたことを成就しようとして悪戦苦闘されたのでした。
 そして、南無阿弥陀仏となって人間に届いている阿弥陀如来の本願こそが、常に時代の課題と苦悩を解決する道であるとして、このお言葉を末尾に置かれたのでありましょう。これこそ、親鸞聖人が私たちに向けられた絶唱であります。
 今日の私たちは、国や民族同士の激しい対立や、同じ国の中にあっても同じ人間を自分の幸せの道具として扱おうとする差別と搾取のなかにいます。さらに人間でコントロールできない核・原子力やⅠPS細胞など、科学技術の発展の果てに生み出されたものによって生命そのものが危機にさらされています。
 これらを解決する道は「正信念仏偈」のどこに詠われているのでしょうか。私は「獲信見敬大慶喜(ぎゃくしんけんきょうだいきょうき) 即横超截五悪趣(そくおうちょうぜつごあくしゅ)」を、その道としていただきます。阿弥陀如来の本願を素直にいただく「獲信」(信を得ること)によって、あらゆる命が仏の寿(いのち)を宿していると見え、だからこそ互いに敬いあいことができるのです。決していのちを誰かの幸せの手段とはしないという世界が開かれるのです。その結果その時こそ(即)、利用し合い相互不信と命の奪い合いがもたらす五悪趣=地獄・餓鬼・畜生・人間・天上が、横ざまに超え截た(たた)れるといわれるのです。
 この教えは、現代の日本にこそ完全に言い当てられたものです。
 今回は、妙泉寺住職 木村眞昭が味わいました。

妙泉寺 木 村 眞 昭

≪ 2016年度(平成28)年度福岡組宗祖降誕会開催ホーム新mp3法話 第75集 ■ ≫

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